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[つぶやき]コルティジャーナと女子修道院の音楽教師から、ヴェネツィアの工房の天使のヴァイオリンへ~むすめたちよ、よりよく生きよ

毎年夏になると日本にやってくるオーストリア人のヴァイオリニストのBという友人がいる。その彼女がまた今年も日本にやってきたというのをSNSで見た。

ちょうどいま(2019/8/11-8/12)、木星が順行に転じ、天王星が逆行を開始しようとしているタイミング。私は木星が1ハウスのルーラーであり、天王星が太陽他4天体ののルーラーだからなのか、この2つの天体が逆行や順行に転じるタイミングは結構大きな影響を受けたりする。それがダブルで来ているここ数日間、なんだか大きなギアが入れ替わるような感覚がある。

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そのせいなのか、数日前の瞑想の時に、過去(生)で自分を好きになってくれたけど、ひどい仕打ちをした(突然音信不通になるとか、邪険に扱うとか・・・)男性(たち)への謝罪の念が沸き上がってきた。これは、今回の人生でもそうだし、過去のいくつかの人生でやらかしてしまったときのことであったように思う。

その瞑想で起きたことは、恥ずかしい!とか忘れたい!というような短絡的で表面的な懺悔の気持ちではなくて、相手の痛みがハートに染み入ってくるような感覚を持ち、その後、起きてしまったことは起きてしまったこととして受け止めながら、じゃあ私がこれからどうするか?ということだった。

私が恐れていたのは、彼らが私の不幸を願っていたり、復讐を求めているんじゃないかというようなものだった。あるいは、彼らが私との一件をずっと引きずっていて傷ついて前にすすめなくなっているんじゃないかというものだった。

けど、全くそんなことはなかった。

その、過去の男性(たち)から受け取った感覚は、誤解を恐れずいうと

「あなたには美しくあってほしい。それがあなたの責任だ」

みたいなものでした。 

うーん、現在、ダイエット棚上げ中の私はプレッシャーを感じたのだけど(笑)、こういう穴があったら入りたいような大失態や、取り返しのつかない何かの失敗をしたとしても、私が自分を痛めつけたり小さくすることや、表面的な謝罪や罪の意識にとらわれて生きていくよりも、もっと次のステージに進んでいくことが大切なんだなあと、なんかしみじみ思った次第です・・・。

で、前置きが長くなりましたが、私が主に懺悔の気持ちを持っていた男性(たち)とは、おそらく過去生がらみで、それはイタリア(ヴェネツィア、一部ローマ)に生きていた時代なんだろうと感じたのです。

1つ目の転生は、15世紀~16世紀のルネサンス時期ですね。その時代、私はコルティジャーナであったと思います。

この過去生については、2011年ごろ出会ったN先生という精神科の女医の先生と話をしていて思い出したことです。

そのN先生からは、会ってすぐに、「私たち、ローマにいたときは色んな(階層の)お客さんを相手にしていたけど、ヴェネツィアに行ってからは、図書館に出は入りしたり海外の王族とか貴族と交流できて、知的な刺激を受けてとても楽しかったわよねぇ」といきなり言われました(渋谷のセルリアンタワーのロビーで・・・(笑))。

こういわれたとき、私の目の前にぱっと思い浮かんだのは、川沿いのベランダのような廊下を通って、隠し扉の向こう側にたくさんの本が並んでいる場所に入っていく女の姿でした。

多分、当時の私たち(N先生と私)は、非常に野心的で傲慢な女たちで、ローマでコルティジャーナの修行を終えて、ヴェネツィアが稼げると思ったのでヴェネツィアへ行って、そこで色々なサロンに出入りしながら、着々と立場を築いていったのでしょう。

そんな私たちを動かしていたのは、私たちの猛烈な知識欲だったと思います。当時、女性には読むことを禁じられていた本がたくさんあったのですが、それがコルティジャーナだけは読めた。これは、ものすごい特権でした。

で、当時の私たちにとってはこの知的な刺激こそが最も重要で、正直、男性との恋愛やなんかはそれほど重要ではなく、むしろ男性は自分たちが知的・経済的に自由に生きるために利用するものだ、みたいな感じだったのだと思います。

N先生は、自分たちはそのコルティジャーナ時代にすごく性的に乱れた生活をしていたと言っていて、そのことが今回の人生でもいろいろな影響を及ぼしていると語っていました。実際、N先生はトラウマやPTSDを専門としている方で、特に性被害に関することを中心テーマにしている方。

一方の私はというと、今はずいぶん歳を重ねたので全く違いますし浮いた話もありませんが(笑)、20代のころは自分のことを好きになってくれる男性との接し方が分からず、キモチワルイ!とか嫌!と思って拒絶するということが続いていました。しかも、唯一OKな人は、信仰心を持っている人だけというアンバランスさ・・・(実際、クリスチャンの彼氏がいましたし)。

で、コルティジャーナだった過去生では、私たちは楽しい思いもしたけれど、悲しい思いもしたよね・・・という話をして、その焦点にあったのが子どもの話でした。

お会いした時、N先生の一番下のお子さんが一緒に来ていたのですが、N先生曰く、コルティジャーナ時代に私は子どもを捨てているらしいです。父親はだれか分からない子供で、その子供を生まれてすぐに手放しているらしい。そしてそれが、かなり後々まで後悔を引きずるものになっていたそうです。

それが本当の話かどうか分からないですが、そのことを言われてすぐに涙が出てきたので、おそらく子捨てという体験はどこかでやっているのでしょうね。※実際、聖母マリア嫌いでしたから・・・。

ちなみに、16世紀最大の有名なコルティジャーナといえば、ヴェロニカ・フランコですが、そのヴェロニカ・フランコの生涯を描いた映画があります。

題名はDangerous Beauty(The Destiny of her ownという題もあるらしい)。

この映画は脚色が強いですが、実際のヴェロニカ・フランコの生涯をたどっていくと、彼女が知性と美貌を活かして恋に生きた女性であるというよりは、コルティジャーナになった女性とその子供たちの保護を求めてヴェネツィア総督に施設を作ることをかけあったりするなど、実際にはコルティジャーナという仕事にまつわる闇の側面を深く理解し、そのことに心を砕いていた様子がうかがえます。

上の絵はヴェロニカ・フランコの肖像画。きりっとした男装の麗人みたいな感じがします。

・・・・で。

その後、おそらく時代はもっと後、18世紀になってから、同じくヴェネツィアと思われる場所に転生した私は、なんと修道院運営の孤児院で孤児たちに合唱を教える先生兼修道女をしていたようです。

コルティジャーナから一転、修道女という真逆の人生ですねぇ~~!(過去生あるある)

これは、2010年ごろにある方から言われた過去生です。当時は「イタリア」としか分かりませんでしたが、それがヴェネツィアなんじゃないかと確信したのは、本屋大賞を受賞している大島真寿美さんの「ピエタ」がきっかけでした。

>>>参考:ピエタ特別対談

本のタイトルにもなっているピエタというのは、ヴェネツィアに実在していた孤児院のことです。

>>>Wikipedia ピエタ院

このピエタ院は、単なる孤児院というだけではなく、音楽院も一緒に併設されていました。で、この音楽院では、孤児の中でも特に音楽の才能が優れている女の子たちを合唱・合奏の娘たちという名前で音楽活動に従事させていたようです。

ちなみに、ピエタ院には貴族が寄付をしたり定期的にコンサートに足を運んだりすることがあったようですが、その貴族たちというのは、実はこれらの孤児の親だったともいわれています(貴族とコルティジャーナの間に生まれた子供が孤児として預けられていたり、貴族の不倫の結果の子供が預けられていたようです・・・)。

そして、このピエタ音楽院の名が一躍高まった時期があって、それが、「四季」を作曲したことで知られているアントニオ・ヴィヴァルディが指導していた18世紀の一時期のことでした。

ヴィヴァルディは、当時は押しも押されぬヴェネツィアを代表する作曲家兼バイオリニストで、その名声は全ヨーロッパにとどろいていました。ヴィヴァルディが指導をしたことで、ピエタ音楽院の孤児たちのオーケストラの質が上がり、ヴァイオリニストや歌手など音楽家としての才能を表す子も出てきたと言います。

大島真寿美さんの「ピエタ」は、時代としてはこのヴィヴァルディの死のシーンから始まって、過去の最盛期を回顧するという形になっていまして、ヴェネツィアが爛熟の時を迎え、もはや経済的にも文化的にも(音楽的にも)中心ではなくなっていくという「冬」の時代に移行する様子を描いています。

この「ピエタ」の中にも、クラウディアというコルティジャーナが出てきて、このクラウディアがヴィヴァルディと秘密の恋仲だったという設定いなっています(ヴィヴァルディは司祭でもあったのでコルティジャーナとの恋はご法度)。

私はこの「ピエタ」の話を読んで、なんだかものすごく癒されたんですよね。

上で紹介した映画のDangerous Beautyと大島真寿美さんのピエタを比べると、前者では様々な立場の女同士(正妻とコルティジャーナ)がいがみ合っている感じですが、後者は様々な立場の女性たちがそれぞれの人生の痛みや傷を静かに受け止めつつ自分に与えられた運命を全うしていこうとする真っ直ぐな生きざまが描かれています。

おそらくこの違いは、15-16世紀のヴェネツィアがいわば青年期、盛夏のような激しさを持っていたのに対して、18世紀のヴェネツィアは衰退に向かう冬の時代、老年期だったからというのもあるでしょう。

ただ、もちろん、前者になくて後者にないのが、ヴィヴァルディという無邪気で明るいヴェネツィア出身の音楽の天才の存在。一見すると、コルティジャーナと修道女は仲良くなれなさそうですが、「ピエタ」の中では、ヴィヴァルディ(音楽)という愛すべき存在を通じてお互いに共感を重ねていくのです。

私にとっては、散々火遊びして自分のやりたいことをやったけど子捨てをしたことを生涯後悔をしながら死んでいったコルティジャーナ時代と、その後孤児たちとともに生きることを選んだ修道女時代とがつながって、鏡の表と裏のように完結した感じがして、すごくしみじみと泣けてきたんですよね。

ちなみに、ここまでは、私の妄想の話って感じなのですが、妄想が確信レベルに変わったのが、ちょうどこの「ピエタ」に出会った直後に、冒頭で紹介したオーストリア人のBというヴァイオリニストの友人と名古屋で(今回の人生では初めて)出会ったことでした。

Bは、オーストリア人の女性で、保守的で男性中心のオーストリアの音楽業界で初めて、女性としてコンサートミストレスになったほどの腕前のヴァイオリニストで、日本と深い縁があって、夏には毎年日本にやってきます。※彼女を紹介してくれたのは、私が2012年に出版した天使の本の著者のIでした。

で、Bとはそのコンサートの日、いきなり楽屋裏で初めて会ったのですが、会うなり急にBが「あなたのこと知ってる!」というではありませんか・・・。そして、「ちょっと来て!」と言われて楽屋へ行くと、突然ヴァイオリンを手渡されたんですよね。

Bは、オーストリアの銀行から貸与されている非常に古い名器と言われるヴァイオリンを弾いているのですが、その当時彼女がひいていたヴァイオリンというのが、なんと18世紀のヴェネツィアの音楽工房のもの(天使の名前がついている)だったんですよね。

彼女が言うには、このヴァイオリンを弾くようになってから、色々な感覚が開いて、過去生のことや自分のミッション的なことを考えるようになった・・とのこと。特に彼女は、音楽の癒しの効果みたいなものにすごく興味が出てきたのだと言っていました。

(今世では)初対面であったのですが、とにかく話が尽きず、その日、コンサートがはけたあとで、彼女が宿泊していたホテルまで行き、バーでお酒を飲みながら語り合い、それでも足りず、なんと一緒に泊まることに・・・。いやあ、女性同士とはいえ、初対面の人とダブルベッドを使ったのは生まれて初めてでした(笑)

でも、感覚としては、パジャマパーティーですねぇ。まさにピエタの女の子たち同士、修道女同士みたいな感じの。私は女子校出身ですが、その時の感覚と非常に似ていると思いました。200年ぶりくらいの同窓会です(笑)

そしてこの再会の翌朝、彼女が私のためにヴァイオリンでバッハを一曲弾いて贈ってくれたとき、「ピエタ」の最後のシーンが思い浮かびました。

「ピエタ」では、最後の方にヴィヴァルディの「調和の霊感」とともに、こんな詩が紹介されるのですが、それがまたぐっとくるんですよね。※素朴な詩ですが、これはピエタとゆかりのある女性が少女時代にが書いたという設定になっています。

ひとりの娘がヴァイオリンを弾く。

なんてうつくしいヴァイオリン。

まるで神様が弾いているみたい。

だから、わたし、

だから、わたしは、神様を信じます。

ヴァイオリンの舟が、天翔る。

遠いお空にまいりましょう。

わたしもそこへまいりましょう。

あなたはそこで待っていてくれるでしょうか。

わたしがいくのを待っていてくれるでしょうか。

ヴァイオリンの舟が光ってる。

ここにいるよと光ってる。

たましいの光、うつくしい光、天まで届け。

うつくしいヴァイオリン。

たくさんかなでるヴァイオリン。

うつくしい音。

そして、

うつくしいむすめたち。

空は遥か。

光は遥か。

むすめたち、よりよく生きよ。


むすめたち、よりよく生きよ。


よりよく生きよ。


よりよく生きよ。


出典:大島真寿美「ピエタ」

ここでいう「よりよく生きよ」というのは、多分私がこの間瞑想で受け取った「美しくある」ということと同じ意味だと思います。過去や今にとどまらず、光のある方向へ前進していくことという意味なのだと思います。

「ピエタ」の小説には、ヴィヴァルディとクラウディアの恋以外にも色々な話が交差しますが、主人公のエミーリアの秘められた恋の話と流れてしまった縁談の話もあります。ですが、それを終わらせて次に進んでいくということも大きな一つのテーマになっています。

人間、ある程度の年齢になってくると、「もしあの時あの人と結婚していたら」的は話はありますし、過去生レベルからさかのぼれば、ものすごい数の実らない恋や失恋を繰り返しているわけですよね。自分が加害者になったり、被害者になったりしながら。

でも、そういう未完了の思いにとどまるのでもなく、否定するのではなく、きちんと終わらせて光の方へ向かって、よりよく生きていくということが重要で、その時本当に、悲しかったり恥ずかしかったりする過去が書き換えられていくのでしょう。

・・・というわけで、ダイエット頑張ろうと思った次第www(オチはそこw)

ちなみに、私のアストロマップでは太陽ディセンダントラインがばっちりイタリアを通過しております。私の鑑定の用語でいうと太陽は超越天体なので、私にとってイタリアはやはり特別な土地のようです。

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高橋ともえ
1981年生まれ。慶應義塾大学ドイツ文学専攻修士課程修了。ドイツ語・英語の通訳・翻訳、メディア運営。訳書に、『ヒーリングエンジェルシンボル』(ヴィジョナリーカンパニー)、『四気質の治療学』(フレグランスジャーナル)がある。詳しいプロフィールはこちらから。
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