両親や先祖(家系)の歴史を癒すノートワーク~家系の中にある思考パターンを丁寧に見ていく
8月は日本ではお盆がありますので、家系のことや祖先のことを感じる時期ですよね。
振り返りムーンノートワーク講座では、自分が生まれる前の両親の状況や先祖(家系)の歴史を癒すというシャドウワークに8月から入っていきます~。
これは、一例ですが、たとえば、
「あなたの先祖で戦争を経験した人たちはいますか? その人たちはどこでどういう経験をしましたか? その経験はあなたの家系や家族にどういう影響を与えていますか?」
みたいな質問を書き出していくの。
とりあえず毎月30個くらいの質問をお題にしていく予定・・・。1問1問結構ディープですよーw
ちなみに私の実家の血筋は、会津藩の武士の家系です。さらに、アイヌとロシア系の血が入っていると思われます。
アイヌとロシアについてははっきりとしたことは分かりませんが、時々バタ臭い顔の人が生まれているし、目の色が薄い人、色素が薄い人が多いので、多分先祖の中にこういう血が混じっているのだと思います。私のいとこも目がグレーっぽいし・・・。東北の人、特に日本海側の人たちは、時々日本人ぽくない顔の人が生まれますね。
そして、会津藩の家系についてですが、正直言って、戊辰戦争がらみ、明治維新がらみの恨みつらみな物語とか、悲劇的な歴史とか、あまり好きじゃなくて(笑)
しかも現代にいたるまでこの禍根は尾を引いています。叔父は鹿児島出身の人と結婚しましたが、鹿児島出身ということが結婚にあたってちょっと親戚の間で問題になったりしていました。
会津藩に限らず東北という土地は、全体に逆賊扱いされるところから明治時代をスタートしていますので、非常にハンデのある状況だと思います。日本の中にある南北格差というか、東西格差みたいなものは、関西に移住してから強く感じますね。たとえば医療制度は西高東低と呼ばれていて、埼玉県などは人口当たりの病院の数が少ない。ところが私が住んでいる滋賀県の某市は人口10万程度なのに、病院が3つもあるんですよ。医大の数も東西で明らかに差があります。こんな風に明治維新の痕跡はいまだに残されています。
そんな私はなぜか、歴女でもないのに修学旅行の一環で会津若松の鶴ヶ城(白虎隊が自決したところ)まで行ったことあったりして(笑)明らかに何かこう、先祖供養的な行動を無意識的になのか天の采配なのか取ることがありました。
会津藩的なことを知りたかったら、NHKの大河ドラマの八重の桜とか、
日本ではじめてベートーヴェンの第九が演奏されたという徳島にある第一次世界大戦の捕虜収容所の所長だった会津藩の血を引く松江豊寿のバルトの楽園とか、
そういうの見ると気質がわかるかなと思います。
で。改めてこのあたりのこうして自分の家系に特有の性質について色々腑に落ちたことがあります。
自分たちに何か不当なことがあっても自己主張しない(できない)、そのため怒りが内向しやすい、異常な正義感の強さ、信頼していた「上」からの搾取と裏切り、強制移住のトラウマ、などなどは、なんか会津藩の家系の中にある非常に強いパターンだなと思いました。私の中にもこういう質は結構あるなと感じています。
でもね、ムーンノートワーク受けてくれている方にはお伝えしていますが、不遇や冷遇、ひどい仕打ちみたいなものを人生のどこかで体験するということもまた一種の徳(陰徳)であるという観点を持つと、自分の先祖の質を考えたときに、まったく新しい視点を持ってみることができました。
つまり、主張しない、耐える、不遇を受け入れる、みたいな境遇を体験してきた先祖の会津藩の人たちは、一種の徳積みをしていたということです。
そして、究極的な先祖供養は、こういうことなのかなと私は今は考えています。一般的には、たとえばそれこそ風水的には、陰宅風水でお墓を整えるとか、そういうことが先祖供養とされますが、より高い次元の視点で不遇な時代や不幸な体験を理解するということは、そういう地上的な処方をも超える究極の供養だなと思うのですよね。
本当の先祖供養は、自分たちは正しかった・素晴らしかったと主張することでもないし、恨みつらみを語り継ぐことでもない。より高い次元の光を照らして理解していくことなのかと思います。