祈りの世界へ戻ってきて思うこと。畏敬の念を持てることは人生の宝。

高橋ともえ

まだまだ聖十二夜のノートワーク期間ですが、2022年の振り返りをしています。ちょうど、昨日、今日と2022年の蠍座月、射手座月の振り返りでした。

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11月くらいから聖霊(ホーリースピリット)と再会して改めて奇跡のコースも読んでいますし、冬至からはバクティというか祈りの生活をスタートしたことで、私自身の心の中にあった渇望の一部が癒されているな~っていうことです。

ちなみに、インド的なバクティヨガ、愛をこめて神様に帰依し祈るという在り方は、とてもキリスト教と近いものを感じます。もともと中高とミッションスクールでしたし、牧師さんが「イエス様はなんでも話していい親友だ」と言っていましたし、信仰告白というイベントまであったガチのミッションスクールだったので、自分の神様への愛を熱烈に表現するっていう信仰の在り方は、割と近しいものですね。

でね。祈りの世界に戻ってきて思うのが、どういう信仰であれ、畏敬の念を持つということができている人は、そうでない人と比べ物にならないくらい、人生が彩り豊かになるということです。

一方で、不思議なのですが、私の家族は極めて無宗教というか仏壇も神棚もない家でしたので、ほぼ宗教的な教育はない環境だったにも関わらず、小さい頃から「この空のどこかに神様がいる」ということだけは信じていた(知っていた)のですね。

そのおおもとの神様は、ミッションスクールでイエス様という具体的な対象になり、その後、いろいろなマスターや神という対象になり、仏教でいう阿弥陀如来などにもなりましたが、それらはやはり同じ一つの素材から作られた様々な神性のあらわれだなーと思っています。

聖十二夜のノートワークで、祈り方が分からない、ピンとこない、というご質問をいただいたのですが、こういう「大いなる存在」に対しての畏敬の念というのは、きっと思い出せていないだけで、誰もが持っているものだと思います。

ユーミンの「やさしさに包まれたなら」の歌詞にもあるように、「小さい頃は神様がいて・・・」という感覚は、本当に誰もが持っているはずなのですよ。

やはりスピリチュアルの基本は祈りだなあと、心から思います。

というのが、俗っぽい話であれですがw、シスターや牧師さんのお祈りって、叶うことが多いんですよね(笑)
以前、あるシスターが「私たちは祈りのプロです」とおっしゃられていましたが、まさにそうなんですよ・・・。
シスターや牧師さんたちは、私のような一般人以上に深く神を信じています。その深い帰依が奇跡を起こすのですよね。

そういう意味では、信仰心(畏敬の念)を持てるかどうかは、人生の幸不幸を左右するくらいの大きな意味を持っていると感じています。

確かシュタイナーも、子ども時代に畏敬の念を持つことが大切だと言っていましたが、そういう畏敬の念は大人になってからも「思い出す」ことはできると思います。

今年の聖十二夜のノートワークでは、ご希望の方と一緒にどこかのタイミングで意識を合わせてお祈りしたいなと思います^^

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ABOUT ME
高橋ともえ
高橋ともえ
星読み風水師
1981年生まれ。 魂の可能性を緻密に描き出すドイツ系西洋占星術と陰陽五行説に基づく日本の卍易風水を組み合わせて「魂の高揚感を地に足をつけて楽に生きる」お手伝いを講座やセッションを通して提供しています。 訳書に、『ヒーリングエンジェルシンボル』(ヴィジョナリーカンパニー)、『四気質の治療学』(フレグランスジャーナル)がある。詳しいプロフィールはこちらから。
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