意志と魔術の力と魔法使い。4つの福音書と魂の4つのタイプより。
今日聖十二夜のノートワークのご参加者様のご質問をきっかけに、魔法と意志の力について改めて考えています。
というのが・・・実は私は魔法って嫌いでして、魔法使いとか魔女とか魔術とか、「魔」とつくもの、Magicというもの全般に対してものすごく敬遠しているからです。
ちょうど今読んでいるシュタイナーの本の中に、古代の秘教のスクールでは、魂の3つの力(思考、感情、意志)をそれぞれの人たちがカルマに沿って発展させた、という話があります。
思考を発展させると霊視力になり、感情を発展させると霊感になり、意志を発展させると魔術の力になります。
なお、4番目のタイプというのも存在していて、このタイプの人は、3つの力をほぼ均等に発展させ、結果として3つともそこまで傑出していないというタイプもいたそうです。
思考を発展させて霊視力を得た人たちは、いわゆる秘儀の専門家です。
感情を発展させて霊感を得た人たちは、おもしろいことに心を癒す医者になる運命でした。
そして意志を発展させた人たちは、魔法使いとなり現実世界を動かすことができたのですね。
たとえ病人が来ると、まずは思考・霊視力を発展させた人たちが診断を行い、感情・霊感を発展させた人たちが自らの力を犠牲的に使って癒し、意志・魔術的な力を発展させた人たちはいわゆる外的な処置を実行するという風に分業になっていました。
叡智の秘儀参入者、供儀の秘儀参入者、魔術の秘儀参入者、そしてその3つをある程度有した者たちがいたらしいです。
そしてこの4つのタイプ区分が、4つの福音書の作者それぞれに引き継がれているのですね~。
ところで話を私のことに戻しますが、ここまで魔法嫌いということは、逆に魔法にご縁があるのではないかと、ようやく最近思い至りました(苦笑)
そしておそらくは魔法は私のカルマの一部なのかもしれないなーと、昨年末からの重要な出会いを通じてエレメンタルに触れながら感じています。
なお、ここで言う魔法は、ちちんぷいぷいみたいな可愛いものではなく、自然界およびエレメンタルに対する具体的な操作や働きかけという意味で考えてください。
以前、おそらくアトランティス時代ののカルマで科学技術を悪用した(遺伝子改変的な行為をした)ような気がする、という話を書きましたが
そういうカルマ的な行為に対してのある種の是正をすることが、今回の私の人生で必要なことなのかもしれないです。
余談ですが、私、マスターの中でも好きじゃない人No.1がセントジャーメインだったんですよ(笑)
(すいません、ジャーメイン・・・)セントジャーメインの何が嫌いかというと、ずばりあの方って「儀式」とか「魔術」のマスターでしょ?(笑)もうそれだけで嫌いというか、ご縁を持ちたくないと思っていた(笑)
でも、ここ最近セントジャーメインのエネルギーを自分なりに感じてみて、どうも、なんかそれなりにご縁はあるようだと降参しました。
皆さんは、4つのタイプのうちどれが自分に当てはまりそうですか? 私は魔法使いは一番自分とは縁遠いと思っていましたが、何となく最近、隠された自分の質に入っているような気がしています。