キロンの神話を再考する~キロンの本当の傷とは?占星術のキロンの癒やし方と意味
2018年、小惑星キロン(キローン、chiron)がトロピカルゾディアックの牡羊座に入りました。1977年に発見され、現在では現代占星術の多くの占星術師がチャートリーディングでホロスコープに使用するようになっています。占星術上でのキロンは、「傷ついたヒーラー(wounded healer)」と呼ばれ、傷や傷の癒やしに関わると解釈されます。
その根拠となっているのが、ギリシア神話のケイローン(キロンのギリシア語読み)が、医者(ヒーラー)でありながら、ヘラクレスの放った毒矢に間違って当たったことでできた自分自身の傷は癒やすことができなかった、という神話です。
しかし、近年、特に進化占星術(Evolutionary Astrology)などの占星術の流派の中から、キロンの神話を再考し、キロンのアーキタイプ(意味・解釈)を再定義しようという動きが出ています。
この記事では、キロンの神話を再考し、「キロンの本当の傷」とはなにか、また、そのような傷の癒やし方と意味について書いていきます。
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この記事の目次
キロンの神話を再考する~キロンの生涯
ケイローン(以下、キロン)は、父クロノスとニュンペー(ニンフ、精霊・妖精)の母ピリュラーの間にできた子どもです。
クロノスはあるとき、海岸沿いにいたピリュラーを見つけ、無理やり交わろうとしてピリュラーを追いかけます。驚いたピリュラーは姿を馬に変えて逃げようとしますが、クロノスも姿を馬に変えて結局ピリュラーと交わります。
この交わりからピリュラーは子ども(キロン)を身ごもります。出産のときにピリュラーは本来のニュンペーの姿(人間のような姿)に戻りました。しかし、生まれてきた子どもであるキロンは、妊娠時に馬で出産時に人間だったため、姿かたちが下半身が馬、上半身が人間(ケンタウルス族のような姿)になってしまったのでした。
このキロンの姿を見てピリュラーはショックを受け、ゼウスに頼んで自分の姿を菩提樹に変えてもらいました。ピリュラーは菩提樹という名前の語源になります。
このように出生のときに親がいなかったキロンは、アポロンとアルテミスが養育しました。アポロンは医術や芸術・学問を、アルテミスは狩猟などの武術をそれぞれ教えます。キロンは、姿形は好色・粗野で粗暴で知られていたケンタウルス族のようでありながら、高い精神性と知性を備えた医者・教師となり、ヘラクレスやカストゥールに武術や馬術を教え、イアソーンを教育し、アスクレピオスに医療を教えました。
あるときキロンは、ヘラクレスとケンタウルス族との争いに巻き込まれてしまいます。ヘラクレスの放った毒矢が間違ってキロンの脚に命中してしまいます。普通であれば死に至る毒でしたが、キロンは父がクロノスという神であったため不死身でした。そのため、キロンは、生きながらにその毒矢の苦痛に苦しみます。
そこでキロンは、ゼウスに頼んで自身の不死身のちからをプロメテウスに譲り、死を選びました。キロンの死を悼んだゼウスは、キロンを天にあげ、射手座として星にしました。
キロンの本当の傷は? キロンの傷は毒矢にあたった傷ではなく、出生にまつわる傷
一般にキロンの解釈では、神話の後半に出てくるヘラクレスの毒矢に当たったことで負った傷にフォーカスするものが多く、医者でありながらも自分の傷は癒せなかったということから「傷ついたヒーラー」と言われます。
しかし、キロンの神話を丁寧に読み解いていくと、「キロンの本当の傷」は、実は既に出生時(受胎時)に存在していたと考えられます。
それが、キロンは母が望んでいた子どもではなく(母ピリュラーは父クロノスと交わることを拒絶していた)、生まれてからも養育者である母がキロンを放棄(育児放棄)した、という傷です。
つまり、受胎を拒絶され、育児を拒絶されたという二重の出生にまつわる傷が、キロンの本当の傷ではないか?と考えられます。
進化占星術師であるMaurice Fernandezは、このようなキロンの生い立ちの部分に着目し、キロンのアーキタイプが「孤児」であると考え、著名人のチャート解釈から、キロンが目立つ配置にある出生図を持つ人は、文字通りの「孤児」や、「孤児」的な体験(育児放棄や虐待など)をすることが多い、と書いています。
その例として、マリリン・モンローを挙げています。マリリン・モンローは牡羊座後半の金星と牡牛座0度のキロンが9ハウスで合、MCにとても近い位置にあります。
マリリン・モンローは、時代のセックスシンボルと言われましたが、その生い立ちを見るとまさに「キロン=孤児」のアーキタイプ。父親は不明(一説には父親と思われる人物と連絡を取ろうとしたが拒絶された)、16歳までは里親や孤児院を転々とし、その間に養家で性的虐待やネグレクトを受けていました。
マリリン・モンローは、大衆に対しては美を通じて癒やしを与える存在でありながら、自身は生涯にわたって愛情に関する癒せない傷、美や女性性に対する傷を負っていたのではないでしょうか。
広い意味で言えば、キロンはインナーチャイルドとも関わっていると考えることができます。
キロンの癒やし方のヒントも、神話の中に表現されている
キロンの負った傷は「癒せない傷」であると書いてきましたが、キロンの神話を丁寧に読むと、同時にキロンの癒やし方のヒントも表現されていることに気づきます。
キロンは、望まれた受胎状況ではなく、生みの親からは拒絶された「呪われた」存在でした。しかしその後、キロンは、アポロンとアルテミスという、ギリシア神界の中でもきわめて高次の神々によって養育されました。アポロンは太陽神、アルテミスは月の女神ですが、これは、高次の父性と母性と読み替えてもよいでしょう。
つまりキロンの神話からは、「生みの両親(生物学的な両親)や地上の養育者からは拒絶されたとしても、高次の父性と母性からは決して見放されず、深く愛され、叡智を受け取れる」ということが分かるのです。
(あるいは、「すべては自分が選んでいる」という一元の観点から見ると、キロンは、「通常の生い立ちであれば受け取れない高次の父性や母性につながる可能性を得るために、両親から拒絶されるという体験を選んだ」、とも言えるかもしれません。)
つまり、親からの拒絶、特に、子宮や胎盤を通じて肉体を分かち合った生みの親(母親)からの拒絶という体験を通じて、天界のことわりや真理の探求に向かうことで、キロン的な傷は祝福に変えることができるのです。
キロン的な体験を通じて獲得した叡智は、他者への奉仕(癒やし)につながる可能性が高い
もしキロンが、アポロンとアルテミスという高次の父性・母性に養われなければ、キロンは医療や武術などの武芸に長けた賢者になることはできませんでした。そして、そのような天界由来の叡智がなければ、ギリシア神話の英雄たち(人間たち)の教師や教育係になることはできませんでした。
キロンが発見されたとき、キロンの支配する星座について議論がありました。一般的にはキロンは賢者であり、神話の最後で射手座という星座になったため、射手座と結び付けられますが、キロンが癒やし(医術)を行うものであるため、乙女座と結びつける占星術師も数多くいます。
Joyce Masonという人が書いた「Chiron and Wholeness」という本では、キロンの支配する星座(サイン)を、乙女座・天秤座・蠍座・射手座の4つであり、これらをまとめてChiron Sector(キロン・セクター)と呼んでいます。
つまり、乙女座でのインナーマリッジ(自分自身の様々な部分の統合)から天秤座でのアウターマリッジ(実際のパートナーシップ)を経て、蠍座的的な象徴(毒矢)による自我の死を通じて、射手座のように真理・叡智を獲得した教師として他者に奉仕するというのが、キロンの神話の中に含まれている、というのです。
そのようなキロン的テーマの達成があってはじめて、その後の山羊座(公的立場・社会的評価)・水瓶座(未来のビジョンやグループ活動)・魚座(霊的世界、死後の世界)の扱う公的な生活の領域に入っていく準備をするのだと、Joyce Masonは語ります。
>>>Chiron and Wholeness: Joyce Mason
キロンは、土星の条件付けを離れて、天王星の才能を海王星の愛をもって使うための「虹の橋」
そしてもう1つ、キロンについて忘れてはならない要素があります。それが、キロンは土星と天王星の軌道の間にあるということです。※厳密には、キロンの軌道は、土星の内側と海王星の外側にまでおよびます。つまり、天王星の軌道範囲を超え、土星と海王星の軌道の間を行き来します。
しかも、キロンの場合、土星までのインタープラネットの世界から、天王星以降のアウタープラネットへの橋渡しをする存在(レインボーブリッジ)だと考えられています(バーバラ・ハンド・クロウのChiron: Rainbow Bridge between Inner Planets and Outer Planets)。
>>>Chiron: Rainbow Bridge Between the Inner and Outer Planets (Llewellyn’s Modern Astrology Library)
土星の世界から天王星の世界への橋渡しというテーマは、キロンの神話の中にもきちんと再現されています。
そもそもキロンが誕生するきっかけをつくったのは、父親クロノスです。クロノスがピリュラーと無理やり交わろうとしたことでキロンが生まれました。クロノスは、ローマ神話では土星=サターンです。
しかし、キロンの父親であるクロノスは、当初からキロンの養育には一切携わっていません。キロンは、ケンタウルス族のような姿形でありながらケンタウルス族の一員にはなれず、かといって地上のどこの種族にも入ることができないアウトサイダー的な存在でした。土星は、社会の条件付けや父性的な庇護を意味しますが、キロンにはこれらの恵みは与えられませんでした。つまり、キロンは誕生時から土星的なエネルギーからの庇護も制約もなかったということです。
そして、神話の最後、キロンが自分の中に宿る「神性」の象徴である不死身の霊力を受け渡した相手は、プロメテウスです。Richard Tarnasという占星術と心性史を研究している学者によると、プロメテウスは、天王星と深く結びつけられる神話的存在です(Richard Tarnas: Prmetheus the Awakener)。
そのきっかけになるのが、ヘラクレスの毒矢に当たることでキロンが自分自身の神性(不死身であるというのはギリシア神話では神々の属性)という最も高貴な部分をも手放さざるを得ないという経験でした。
好色で粗野で嫌われ者だったケンタウルス族と見た目が一緒だったキロンにとって、自分自身のプライドを守ることができる要素は、神々の血を引くこと(不死身であること)だったかもしれません。しかしキロンは、まさにそのプライドの拠り所を手放さなければなりませんでした。
しかし、まさにこの手放しを通じて、キロンは結果的に天の星座となり、神々のように永遠の生命を得るのです。
天王星が象徴する自分自身の天才性を獲得するためには、土星的な制限の世界を出る必要があり、そのためには自分自身が最も美しく最も高貴であると自認しているような自我が打ち砕かれる必要がある、ということをキロンは教えています。
天王星以降の天体の世界は、人智を超えた世界でもあります。それらの星々の力は、時に破壊的にもなりえます。特に天王星は、個人の天才性や自己実現などを司るものの、一方では暴力的な攻撃性にも繋がり得るパワーがあります。
ここで、キロンの軌道が、もっとも太陽から遠い部分において、天王星の軌道を超えて海王星の軌道に入り込むというのはとても大きな意味をもっていると思います。
なぜなら、個人がこうした天王星以降の星々の世界の力を地上への奉仕につなげるには、低い自我が死んでより高い自我へと生まれ変わる必要がある、ということをキロンの神話の最後は教えているのだと思いますが、この自我の死と高い自我への生まれ変わりというテーマは、天王星を超える海王星の管轄だと思われるからです。
キロンは、自分が最も傷ついている部分を通じて高次の叡智を受け取り、結果として他者を奉仕する可能性を示す
以上のような流れをまとめると、出生図の中で自分のキロンがある位置は、自分が最も傷ついている部分だと考えられます。それは、端的にはインナーチャイルドの傷であり、幼少期に満たされなかった経験をするポイントです。
しかし、キロンの場合は、まさにその傷ついた部分が鍵となって高次の叡智と真理の世界への扉が開くのです。※キロンの占星術上のマークは、まるで鍵のような形をしています。そして、最終的にはキロンは、私達をその分野に関して他者に奉仕できる教師・導き手にします。
キロン的な傷は癒やされないままであれば、自他を破滅させる暴力や事件へと向かわせるほどに破壊的で痛々しいことがあります。凶悪事件の加害者が、幼少期にキロン的な体験(育児放棄や虐待)の被害者であったということがよくあるように。
しかし、高次の世界を探求するにあたっては、その傷はかっこうの入り口となり得ます。そして、傷ついたという体験は、探求の旅路で受け取った叡智と天才性を、傲慢さや攻撃を伴わずに他者への奉仕へつなげるための布石になるでしょう。
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※以下の記事では、出生図のキロンの配置を、サイン(星座)やハウス別に分析していきます。