日本古代の転生での魄(はく)を回収する旅。その3~望まないタントリックなエネルギーの交換体験と死の衝動
日本古代のスピリチュアルジャーニーの続きです。前回は三輪山の旅について書きました。この旅の後から日本古代の聖地を巡るようになったという話をしましたが、実は日本古代の聖地を巡る旅に出た理由は三輪山だけがきっかけではありません。
※前回の記事はこちら。
実は、この旅と前後して、私淑していたある男性との間である非常に不思議な出来事が起き、そのことでその人との関係性が壊れてしまうということがありました。この出来事は私の苦しみと混乱をいっそう加速化させ、いったい何が起きていたのか知りたい、という思いがより一層強まったということです。
その不思議な出来事というのは・・・一言で言うと、ある種のタントリックなエネルギーの交換体験が勝手に(自分の意志や意図、気持ちと無関係に)起きてしまったという出来事です。
・・・その私淑していた人は研究者の方でしたが、私がちょうど大学院を離れて日本で就職すると決める直前にネット上で出会い、色々な相談にメールでのってくれるようになった人です。
「なんでも話せる親戚のおじさんだと思って話してくださいね」
と言われていたので、定期的に(3~6か月に1回くらい?)メールで、人生の節目節目で色々な報告をしたり、気になることを聞いたりする間柄でした。一種のメンター的な感じでした。
今から振り返ると、当時の私はこの方に思想的に依存していたと思います。この人がやっているプラクシスやおすすめした本やセミナーを片っ端から自分も試してみるみたいな感じでしたからね・・・。
トータルで言うと足掛け3年くらいでしょうか。私が人生の転機を経て、大学院から離れ、さらに学生時代の彼と別れ、転職したり、新しい彼氏ができたらまたそれをご報告をして、そのたびにアドバイスをもらって・・・という関係性を続けていたのは・・・。
ところがそれが変わったのは、ちょうど例の三輪山の旅に出る直前のことです。
その方が、エネルギーワークを始めたということで、遠隔のヒーリングのモニターをしてもらったことをきっかけに、それまで会ったこともなかったのですが、一度その方のところ(ある地方都市)に遊びに行くという話になったのです。
ただし、この訪問は単なる遊びというだけではなく、「仕事」に関する話もする予定だと私は思っていました。
というのが、その方がある学術書の翻訳を出す予定だけど元はドイツ語の原著のため、ところどころ意味が通りづらいところがあるので下訳的な形で私に手伝ってほしいと言われていたのです。なので、遊びに行ったら当然その話になるんだろうな~と思い、そのことも念頭に置いての訪問だったわけです。
・・・当時の私は、いわゆるアカデミックな研究からは離れていたものの個人的な興味のある学術分野の研究は続けていて、世俗的な野心もまだまだ強かったのです。心ひそかに自分の名前で学術書の翻訳を出したい!と考えていたんですよね。なのでこの方からの共訳の提案は、まるで天から降って来た大チャンスと思ったわけです。
そして、残念ながらこのチャンスを失いたくないという野心のあまりに私が取ってしまった行動によって、結果としては関係性が壊れてしまったんですね。※後で綴ります。
・・・メールでは何回もやりとりをしていましたが、顔を合わせるのははじめてということで、ちょっと緊張しつつその訪問の日を迎えたのですが、その場所の風光明媚なところに一緒に出掛けて植物を観察したり、ぼーっとしたりと、それはそれは心地の良い時間を過ごした後、私たちはその方の仕事場に行きました。
そのとき私たち二人が話をしていたのが、レムリア(ムー)の過去生の話だったんですね。
当時その方はレムリア(ムー)にはまっていて、どうやらレムリア(ムー)時代にヒーラーだったということをエネルギーワークを通して思い出したのだとか。
私も、レムリア(ムー)の過去生を思い出してみたい!と思い、相手にエネルギーを流してもらって過去生退行?的な誘導瞑想をすることになりました。
無邪気にリクライニングする椅子の上でゆったり腰かけた私。左手を握ってもらった状態でエネルギーを流してもらっているとぼーっとしてきたのですが、同時におかしなことが起こり始めました。
それが、エネルギーを流してくれている相手の方に突然、ものすごい量のエネルギーが流れ込んできたんです。
その方の身体がエネルギーの奔流でぶるっぶるっと震えるくらいのエネルギーが上からどんどん流れてきたんですね。
かなり熱く、汗をかくくらいのエネルギー量です。
こんなこと、普通のエネルギーワークでは決して起こりえないことです。
私自身にはそこまでエネルギーは流れてこなかったのですが、どうも何か尋常ではないことが起きている・・・とぼーっと思っていたら、その方が突然「立って」と言いました。
そこで椅子から立ち上がり、その方と両手をつないで相対する姿勢で向き合ったところ、突然私の左側から、白っぽい光がぱっと光った感じがありました。
そして、エネルギーの奔流が、私とその方の間をエネルギーの糸でつなぐように流れ始めたのです。
頭からはじまり、顔、のど、胸、お腹、とエネルギーが下に向かって流れ始めました。
上から下に流れるエネルギーの奔流の中で、「あ、これ嫌!」と瞬間的に思ったのが、みぞおちから下、第2チャクラと子宮から下の部分に向かってこのつなごうとするエネルギーが流れ始めたときでした。
これ・・・つながっちゃいけないやつ。
だってこの場所って・・・だめなやつでしょ><
と本能的に思った私は、相手から距離を置こうとして体をどんどん離し、つないでいる腕をぐっと突き出したのですが、お相手は逆にどんどん距離を縮めようとしてきました。
その時私が思っていたのは、尊敬しているし大好きだけど、この部分(腰から下)でこの人とつながるのは嫌だ・・・!という率直な気持ちでした。
ところがその時ふっと、自分の身体から意識が右側にずれる感覚がありました。その瞬間に、左の方にあった白い光がぐっと身体の半分に入って来たような気がしました。
そしてその時私はこう思ったんですね。
「このまま死にたい・・・」
と。なぜか、猛烈に、死の衝動に襲われたんです。
そして、その後のことはほとんど覚えていないのですが、気づいたら私はいつの間にか上半身裸になっていて、立ったままその方に抱きしめられていました。この状態で数十分くらいが経過し、気づいたらエネルギーの奔流は収まっていました。
・・・あまりのことに何が起きたかよく分からない状態で呆然としたまま、その日私は自宅へ帰っていくのですが、ここから先起きたことはつらく苦しいものでした。
そもそも最初から最後まで私がその方に対して感じていた感情は男女の恋愛とか一切なく、あくまでメンターに対する敬愛の情でした。相手も、「なんでも話せる親戚のおじさんだと思ってください」と言っていたし、そういう関係性だけだと思っていたのです。
とはいえ。。。今自分自身を振り返ってみると、あのエネルギー交換が突然始まったときに、即座にNOと拒否できなかった自分の心の中には、例のちんけな野心(自分の名前で翻訳書を出せる!)があったのだと思います。
つまり、ここでNOと言ってしまったら仕事自体がなくなるかもしれない、って一瞬思ってしまったんですね。
ですがこの一瞬が隙になったわけです。ふっと体脱的な状態になった瞬間、突然白い光が入って来たわけです。
そして、例の「死にたい」という死の衝動と意識の混濁。
・・・このエネルギー交換の後から、相手の方は盛り上がってしまい、今度泊まりに行きたいとか、また遊びに来てとか言うわけですが、その意味するところは、明らかにエネルギー交換だけではない肉体的な結合なわけで、それは嫌だという気持ちがある私は、どう答えていいか分からなくなり、悶々と苦しむようになりました。
そしてある日、その方が突然電話をかけてきてこう言ったのです。
「あの日以来ちらちら頭に浮かぶイメージがあるんだ。あなたのレムリアの過去生だと思うのだけど、水の神殿みたいなところで、薄い服を着ている巫女みたいな姿が見える。ものすごく成熟したセクシャルな感じで、女性性全開って感じがする」
・・・と。
そう語る相手から生唾を飲むような欲情の気配がしたときにゾッとしました。
そして、電話を切った後で、私の中で猛烈な怒りが沸き上がってきたんですよ。もう、手が付けられないくらいの怒りです。なぜこんなに怒りが湧いてくるのか、全く理解できない恐ろしい怒り。
結局私は、その方に激怒した感情をぶつけることになり、関係性を破壊せざるを得なくなりましたが、その感情の爆圧の後は、ずーっと沈んでいました。なにしろ、相手にスピリチュアルなことを依存していましたから、そこががさっとなくなったことのショックたるや、大きかったわけです。
どうしても私にとって、レムリア(ムー)の過去生が楽しいとは思えなかったんです。2008年当時、スピリチュアルな世界ではレムリア(ムー)が徐々にブームになっていましたが、私にとってはこの言葉を聞くことすらも嫌で嫌で仕方ないくらいの苦しいタームになっていました。
・・・それまでにも、人類学者のフレイザーの金枝篇などを通して神殿娼婦というものがあったということは知っていました。また、スピリチュアル系の人で、聖なる性とかイシスの神殿娼婦とかそういうのが好きな人って多いですよね。
今も昔も変わらず、そういうのを好きな人たちは、だいたい神殿娼婦とか性的儀式とかをとても素晴らしいものだと思って賞賛しますし、男女問わず憧れている人も多いと思います。
しかし、私自身が(追)体験したタントリックなエネルギー交換の疑似体験は、確かに陶酔するような意志を奪うようなエネルギーは流れるたけれど、なぜか強烈な「死の衝動」を伴うもので、最後は猛烈な怒りしか湧いてこないものでしかなかったのです。
どうしてみんなが素晴らしいと讃えることが、私には素晴らしくないんだろう?
私には何かおかしなところがあるのだろうか?
なぜ、みんなが好きなレムリア(ムー)を好きになれないんだろう?
なぜ、私はあの時強烈に死にたいと思ったのだろう?
なぜ、私は怒りを覚えるのだろう?
・・・突然のタントリックなエネルギー交換の体験をきっかけとして例の方とのメンターシップが壊れた後、私はただただひたすら、苦しい孤独を深めていくことになります。
・・・これは、2008年春から6月くらいまでの間に起きたできごとでした。
このころ私は毎日、苦しくて苦しくて、泣いて暮らしていました。
・・・2008年8月8日が来るまで。